目から鱗が落ちました

使い捨て1Dayウロコを通して見えたこと

結婚2 仲の良さそうな両親から出た意外な言葉

夫への愚痴が止まらない彼女の話だが、その結婚へ至るまでの道のりは、簡単ではなかった。

地理的、状況的制約もあり、親もその結婚に賛成しているわけではなかった。

軽く反対モードの親に対し、ある時、妹はブチ切れた。

「私はあの人と結婚するの!!」

家の中で暴れ、泣きながらそう抗議し、紆余曲折を得て、彼女はとうとう、彼と結婚することができた。

入籍時、すでに交際から8年が経っていた。

一時は別れようかと悩んだにもかかわらず、結局、一緒になったのだった。

新居が決まり、結婚式の日取りが決まった。

長すぎた春というか、とうに蜜月の終わったカップルなので、新婚と言っても、甘い空気など漂っていなかったようで、結婚式の準備中でも喧嘩していたらしい。

式が終わると未婚の友達に「結婚なんてするもんじゃない」と愚痴っていたらしい。

こんな愚痴が言えるのも、結婚しているというステータスがあってのことだろうから、一種のノロケにすぎない。

今は育児と家事に追われて、「奴隷のよう」だという。

家事が大変なことも、育児が大変なことも重々承知のはず。

奴隷上等。

結婚しないという選択肢もあったのに、結局自らの意思で結婚したのだから、文句は言えまい。

周りを見ても結婚しないという意思をもっていたはずなのに、ある時期が来たら結婚していったという人は多い。

ある時、横浜市のウェブサイトにあるAI搭載のゴミ分別案内のチャットが優秀だという記事を見た。

「旦那」を捨てたいという人に

本当に‼︎「人間は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、記憶力の欠如によって再婚する」ってアルマン・サラクルーは言っていたよ。忍耐力を鍛えてみたら、どうかな。

と答えたという。

サラクルーのこの言葉を役所の結婚届に印刷したみたら、離婚率は変わるだろうか。

たしかになにかが欠如して、人は結婚したり、離婚したりするような気がする。

無駄話をしない父が、私が成人になる少し前にこのようにつぶやいていた。

「結婚は忍耐」

とても仲がよく、苦労の少なそうな両親に見えたので、おどろいた覚えがある。

傍目にはわからずとも苦悩があるのだろうと思った。

 

私が、適齢期にさしかかった頃、母はこのように言っていた。

「結婚は衝動」

20代前半で初めて付き合った人とそのまま結婚した母にとっては結婚は衝動だったのか。

もし考える時間がありすぎて、適齢期などというものが存在せず、いつでもできるというならば、人は「今」結婚しないかもしれない。

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